2018年6月4日月曜日

スマホが学力を破壊する

川島隆太『スマホが学力を破壊する』(東京、集英社、2018-03-21)

  • スマホの使用によって直接、脳の機能が低下している。
  • スマホにかまけて勉強時間や睡眠時間の減少を招き、勉強時間や睡眠時間の不足が学力低下を招くという形の、間接的な影響ではないことがわかった。もちろん、スマホに長時間を費やすと、必然的に勉強時間や睡眠時間の減少も起こり、脳機能の低下とダブルパンチで悪循環となり、学力が顕著に低下する。
  • 脳の機能低下は、前頭前野の抑制という形で起っている。これは、スマホに限らず、ゲームやテレビなどの、IT デバイス全般にあてはまる。紙のメディアではこのような悪影響は起こらない。
  • また、マルチタスキング(ながら行為)も学力の低下の影響が大きい。
  • ただし、著者は、マルチタスキングと前頭前野の抑制との関連性には何も触れておらず、ただ両方を並べて提示しているに留まる。

最後に記したように筆者は「マルチタスキングが悪い」「前頭前野を抑制する IT デバイスが悪い」とバラバラに「あれは悪い、これも悪い」という段階の提示で留まっている。その辺りをちゃんと考察してみるならば、

  1. IT デバイスは前頭前野を抑制し、思考能力を鈍麻させる(言葉通り「阿呆」な状態にするわけだから「デジタル阿片」とでも呼ぶべきか)という直接的な悪影響効果がある。
  2. 一方、マルチタスキングや、オンラインゲーム、LINE などのソーシャルアプリと、スマートデバイスは、依存性を高める効果がある。スマホが悪いと「わかっている」つもりでも、口先でそう言う当人は、止めることができない。酒、タバコ、麻薬の依存症と全く同じである。手元にスマホがあると、頭で良くないとわかっていても、手が伸びて触ろうとしてしまうのである。24 時間体制で変動のあるソーシャルアプリやオンラインゲームも、心のどこかで常にその物事に心が釘付けにされている。

2018年6月3日日曜日

白蛇A子

俺の人生書いていく 心霊ものが弱い人は来るな」より

  • 作者は小学校2年生の時、神社で他の子供にいじめられて瀕死の状態だった白蛇を助けた。その時、「ありがとう」という女の子の声が(作者だけに)聞こえた。
  • 夏休みになり、人間離れした色白な少女A子(学年は3、4年生)と神社で知り合う。
  • 近所の友達3人と共に、A子と一緒に夏休み中はいつも神社で遊んだ。A子とは神社の境内でしか会ったことはなかった(夜になり帰宅する時も神社の中で別れた)。
  • 夏休みの終り近く、作者はもうA子と会えない予感がし、最後に別れてA子の姿が見えなくなった時、急に白蛇のことを思い出して、A子はあの白蛇なんじゃないかと思った。
  • 翌日からA子は二度と現れず、やがて作者は小学校・中学校を卒業してA子の記憶は薄れていった。
  • ところが、高校1年生の時、A子が突然夢に登場し、毎日、作者に引っ越すように言う。夢の中で理由を聞いても答えてくれない。
  • 作者は親に引越しを要望するようになる。1年言い続けて実際に引越しが決まる。決まった途端に、A子は夢に出てこなくなった。
  • 引越し1週間前に作者は心霊体験をし、作者の家で自殺した前の住人の女性(この時点では親が作者に秘密にしており、作者は知らなかった)の亡霊が作者に対して殺意を表した。引越しが決まっていたので、作者はそのままやり過した。
  • 引越ししてから半年後に、作者の住んでいた集合住宅が全焼した。昼間の火事だったので犠牲者は出なくて済んだようだが、引越ししていなかった場合、作者は学校をサボってよく昼寝していたので、唯一の犠牲者になっていた可能性があった。
  • それ以来、作者は夢告げのような形で時折A子から指示を受けるようになった。それは命の危機を回避するものであったり、将来の人生の進路に関するものであったりした。
  • 大人になってから、A子と一緒に遊んだ当時の他の友達に聞いたところ、誰もA子のことを憶えていなかった。
  • 元々女にモテるタイプの人間であるにも関わらず、恋愛運には全く恵まれない。A子によって女性と縁遠くなるように誘導されているのではないかと作者は言う。
  • かつて霊が見えるという女の子に「白蛇が身体に巻き付いており、一生死ぬまでそのまま離れることはないだろう」と言われたとのこと。

この話はおそらくフェイクではないだろう。白蛇というのは「実は」白い蛇ではない。「白い蛇状のものに見える(より正確には「感じる」)、霊的エネルギー生命体のようなもの」であり、この作者のように、それからのメッセージを受け取る感覚を生まれ持った者が稀に存在する。

稲荷神として知られているのがメジャーな形容である。「稲荷というとキツネではないか」という単純な反論も、前述のように、白いアルビノの蛇自体が何か特殊な霊力を持っているとか勘違いしているのと同じで、実態は、「白い蛇状に見える霊的エネルギー体」が、白蛇や、白狐として「比喩的に」表象されたわけであって、蛇や狐という実体ある生物であるわけでは、本当はないのである。

これらは歴史の中でそういった霊感能力のある能力者によって認識されてきたので、稲荷のシンボルなどにその証拠を見てとることができる。伏見稲荷の宝珠は白蛇がトグロを巻いたような奇妙な形態をしており、さらには鏡餅のルーツが稲荷の宝珠と関係していることにも気付くべきだ。

また古代ローマのアイオーン像が、獅子頭の若者に蛇が巻き付いた形態で表されているのも、このことと無関係ではないだろう。そもそもヒンドゥのヴィシュヌ神はヒドラのような首の多数ある蛇を玉座の背もたれのようにしており、類似の表現はヒンドゥ教側がヴィシュヌ神の生まれ変わりとする、釈迦仏にも見られる。常人においてはこの「蛇」は仙骨に潜んでいるが、修行者がクンダリーニを活性化させると、この「蛇」が顕現する。そもそもヴィシュヌや釈迦仏は、ヨガの達人であり、修行を完成して悟りを開いたのである。

この蛇は水に流れていく性質が古代より知られており、稲荷とも関係のある、弁財天やイナンナ(稲荷はイナンナに由来する呼称である)は、水の神として知られている。さらに、弁財天=イナンナは、お気に入りの男性に才能を恵むが、一方で嫉妬深く、束縛することでも知られている。聞くところによると、時に河川にはこのような「大蛇」がウネウネと泳いでいるのが目撃されることもあるという。巨大ウナギ(Giant Eel)とされるものも、実は本物の生物ではなくて、たまたま目撃(知覚)された霊的エネルギー生命体なのかもしれない。