2018年7月23日月曜日

失笑

ヤフーのニュースを見ていたら、ふと、こんな毎日新聞の記事が目にとまった

早川、新実2元死刑囚 謝罪の手記 死刑制度には疑問も』2018年7月23日18時04分

早川元死刑囚は6月7日付の手記で、死刑制度について「国民が殺生のカルマ(業)を負うので、やめるべきと思います」と指摘。

新実元死刑囚は……死刑については「どんな悪人であろうが、生きて償うことの方が、慈愛に満ちた行為の選択」「私は自分の命を大切にし、他者の命を大切にすることを誓願します」などと執行への疑問をつづった。

『死刑制度について「国民が殺生のカルマ(業)を負う』ことはない。このようにいまだに、似非宗教のカルト教団の人間は、仏教の根本概念であるカルマの理解すら無茶苦茶である。

また、少なくとも、毎日新聞の記者の書きようでは、新実元死刑囚(早川元死刑囚もだが)が自らへの死刑の執行を避けたがっている様子が伺える。本物の仏教徒であれば、輪廻転生は疑問の余地もないことなのだが、もし彼が輪廻転生を思考の前提とする人間ならば、潔くとっとと死刑になって来世以降でやり直せばいいではないか。この潔くない態度からは、輪廻転生が彼の思考の前提に組み入れられていないことは明らかである。

これならば、死刑に臨んでの潔さの点では、宅間守の方がずっと潔かったではないか(とはいえ、彼が輪廻転生を思考の前提としていたかどうかは甚だ疑問だが。来世で地獄確定なことをやるわけないから)。


こういう死刑廃止に対する人道主義の問題は、あくまでも、世間の善良な一般市民の側からの声として尊ぶべきものであって、凶悪犯罪を犯した悪人の側が自らの命惜しさのために、口にするべきものではない。そもそも毎日新聞の記者は、犯罪者にそのようなセリフを述べさせたものを記事にしたためて、それで世間の善良な一般市民を説得させられる論になると考えているのだろうか? そう考えたから、記事にしたのだろうけど……。

善良な一般市民の側の敬愛の対象となる人々、お釈迦さまとか天皇陛下とかローマ法王とか、そのような側の人々が、いくら相手が悪人だからといって、死刑にして殺すのは忍びない、殺生のカルマは避けたい、そういう意見や態度を示されるのであれば、我々はそうだ、見習おうと思うのだ。なぜ、悪人の側の意見によって、善良な一般市民の側が説教されなければならないのか。毎日新聞の記者は、何がやりたいのか。

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