清水俊史『上座部仏教における聖典論の研究』
清水俊史さんという仏教学者(佛教大学出身)が、東大教授(花園大学卒→東大編入 or 再入学?)の馬場紀寿氏と論争の末、アカハラ被害に遭い、さらには出版妨害に遭った(参考: 日本テーラワーダ仏教教会 事務局長 佐藤哲朗さんの YouTube 動画 )という、問題作であるこの本を読んだ。 佐藤さんが紹介している Amazon の書評リンク にもある通り、この清水さんの本は、馬場氏の(今の東大教授としての地位へとつながる博士論文を母体とした)デビュー作『上座部仏教の思想形成――ブッダからブッダゴーサへ』の内容を完全否定するものである。 主に、清水さんの本の 3 部構成のうちの第 1 部がそれ(馬場説の完全否定劇)に該当する。 総括 第 1 部では、ブッダゴーサやダンマパーラに帰せられる著作群を主な材料として、小部の成立を軸とした三蔵の形成過程を考察した。以上をまとめれば、仏滅後からブッダゴーサを経てダンマパーラに至るまでに、三蔵は次のような段階を経て成立したと推定される。 仏滅後に残された様々な教えは、仏弟子たちによって、その内容に応じて律蔵と『長部』『中部』『相応部』『増支部』という経蔵四部とに収められ、僧団内にいる長部誦者や持律師と呼ばれる専門家たちがこれを伝承していった。この律蔵・四部から漏れた様々な種類の経典(主に偈頌経典)は、他の四部に比してより在家的・通俗的な蔵外文献として伝承され、『ジャータカ』と『ダンマパダ』の例外を除いて専門の誦者や伝持者は僧団内に存在しなかった。 これら四部の外側に累積していった蔵外文献(主に偈頌経典)は、 後に経蔵の第五部「小部」として三蔵内に組み込まれるが、経蔵が五部に再編成された後も小部の構成は固定的ではなく流動的であった。そのため、小部のうちには、成立が早いとされる『スッタニパータ』『ダンマパダ』といった韻文経典のみならず、成立が遅いと考えられ る『義釈』『無礙解道』といった教理書も収められている。このような編纂事情ゆえに、上座部における小部の伝持形態は、「小部」というーまとまりのセットで伝持するという意識が希薄であり、各々の文献単位で別個に伝持されていった。 また、小部の成立だけでなく、阿毘達磨蔵七書と律蔵附随の成立も遅いことが考えられるが、これら小部・阿毘達磨蔵・律蔵附随の成立の具体的な先後関係は不明であ...