2018年4月29日日曜日

Karma Chameleon

今日、ABBA が何十年ぶりかに新曲を出すとかいうニュースがあり、そのつながりで、Youtube で ABBA の曲など視聴していたら、関連リストの中になぜか一つだけ ABBA ではなく Culture Club の Karma Chameleon が紛れ込んでいたのが目に付いた。

中学 1、2 年の頃だったと思うが、学校の英語の先生(女性)が、授業でこの曲を聴かせたりしたのを思い出した。その頃の記憶では Karma というのはカーマという女性の名前の意味だと言われていた。その先生がそう教えたのか、ラジオなどでその曲を流す際の解説でそういう風に言われていたのか、どちらかは定かではない。ともかく、昔中学生の頃この曲を初めて聞いた記憶と共に、「この曲はカーマという移り気な女性に翻弄される男の気持を歌ったものだ」という情報ははっきりと記憶に刻まれている。

今や英語に関しては完全に DIY で接することができるので、ふと、この Karma が、「カルマ(仏教用語の「業」)」のことなんじゃないかと思って物凄く気になり、確かめてみたくなった。映画の邦訳など日本の文化系分野の英語業界の詐欺紛いには最近常々目敏くなっているので、どれ、音楽業界の方はどうなんだい? と。

まず、Music Video を観ても、Karma がカルマの意味であることは一目瞭然である。一人のスリかつ詐欺師の男が、フェリーの女性客たちの装飾品を盗み、さらに男性客たちからはイカサマで金を巻き上げる。調子に乗り過ぎたせいで、イカサマと盗みがばれ、袋叩きにあい、男はフェリーから放り出されて悪事は破綻、カルマの法則的な因果応報の結末を迎えるというストーリー仕立てになっている。

次に、実際の英語の歌詞を調べてみた。確かに、この歌詞を文章化したものだけを見ると、今度は、「女性に翻弄される男の気持」という構図とするのは、大きく間違ってはいない。反対に、Karma =カルマとする場合、この歌詞を深読みする必要が出てくる。もちろん、歌詞(詩)というものは一つの言葉を多義的にして深みを持たせるのが普通なので、「表面的にはカーマという女性のことを歌っていて、実際はカルマのことを暗示する」なんて話はよくあることである。

三番目に、ちょっと Web を調べれば見付けられるが、ボーイ・ジョージ自身のこの曲の意味についての公式なコメントが存在し、それはこのようなものである:

The song is about the terrible fear of alienation that people have, the fear of standing up for one thing. It's about trying to suck up to everybody. Basically, if you aren't true, if you don't act like you feel, then you get Karma-justice, that's nature's way of paying you back.

「Karma-justice」や「paying you back」という言葉も見えているように、やはり「カルマの法則」がこの歌詞の中心テーマであることは明白である。たとえ表面的にカーマという女性の意味も掛けていたとしても、「移り気な女性に翻弄される男」なんていう、感傷的な男のトホホな嘆き、みたいな歌ではないことは確かだ。


さて、ここで実際に、日本の皆さんはこれをどのように訳しているのか、ちょっと Web を検索してみても、個人のブログなどで英語の勉強がてら訳してみましたというようなものが結構引っ掛かる。自分と似たような(学校の英語の先生に聴かされたとかの)年代の人々なのかもしれない。基本的に、「カルマ」中心で攻めて訳している人はあまりいないようで、やはり「移り気な女性に翻弄される男」が中心路線であり、あとはそれに加えて、文学的な方面の努力というか、簡潔な原文に直接書かれていない内容まで背景ドラマを肉付けして訳されているような増広をされている力作なども見受けられた(お釈迦様のパーリ仏教が、漢訳の北伝大乗仏教に変質したのを見ているかのようでもある)。


最後に、Karma Chameleon の歌詞の意味について、Web の英語情報を検索してみた。そこで本当の正解にヒットした。その正解から引き出せる結論は次:

「これはゲイであるボーイ・ジョージ自身の、当時の恋人であったドラムのジョン・モスに対する、モスの煮え切らない態度に対する愚痴と叱咤」

ゲイを公認していた Militant gay であるボーイ・ジョージと違って、一方のモスは世間的な価値観との葛藤の間で、自身がゲイであることをカミング・アウトできず、ジョージとの関係を隠そうとした。† そういったことを、「世間の目を気にして、本当の自分を偽る。そんなことをやっていると、いつかカルマの応報が来るよ」(上に掲げたジョージのコメントの意味がストレートに歌詞とオーバーラップするのがわかる)そう警告しつつ、カミングアウトすることを叱咤激励しようとしているのである。

「移り気な女性に翻弄される男」なんていうありきたりな男の嘆き歌なんかではない、世間の保守的な価値観に向けたボーイ・ジョージの極めて好戦的(militant)な歌以外の何物でもなかったのだ。

それにしても、あの精神破壊力満点のインディアン男†† を擁するゲイグループ Village People の YMCA が西城秀樹の吹替えで子供向けの体操紛いの曲として流行したり、好戦的ゲイの「世間の保守的な性的価値観への蜂起を煽る」歌を公立義務教育の先生が授業で中学生に聴かせたり、それで良い……わけないでしょ!? 日本人の洋モノ文化に対する理解の仕方がいかに上辺過ぎるか。何せ元 NHK の皆さん大好き池上さんの英語力がアレですからね。物心両面で“国防”概念が無さ過ぎ。いや、皆さんが口先ぶりとは違って本音の方では物心のいずれかで日本を破壊したいんだったら、それで良いんですけど。

しかし、ボーイ・ジョージという人、ただの一世を風靡した、今となってはイロモノの人かと思っていたけど、こんな凄い人だったとは。いやはやお見それいたしました。Miss Me Blind は特にそうだけど、この人本当に日本が好きみたいだね(タイと日本がごちゃ混ぜになっているけど)。


Boy George and Culture Club: Karma to Calamity

†† 1980 年の ZDF kultnacht という番組での彼の破壊力は衝撃的。公式の YMCA の Music Video やその他のライブ映像では、彼の破壊力が姑息なカメラ編集によって意図的に隠蔽されているのがわかる。音楽性面でヴィクター・ウィリスのズバ抜けた歌唱力は言わずもがな。しかしそもそもゲイグループ結成の起点となったのはインディアン男の彼フェリペ・ローズであり、彼の存在なくして Village People の放つ独特の存在感は成立し得なかった。

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