センチメンタルナショナリズム

今回の参議院選挙では、消去法で参政党を支持した。

消去法というのは、特にこれといった積極的な支持理由があったわけではなく、消極的な不支持理由で各政党を除外していくと、基本的には参政党やN党やれいわ党のような泡沫政党の中からしか選べなくなる。例えば、自民党系を選べば米国に国益を収奪され続けるわけだし、旧民主党系だと中国に国益を収奪されるから、結局、右か左か的な選択方法では、どちらで選択しても売国に加担する選択肢しかない。

それで参政党に参加していた武田邦彦さんだけ以前から書籍などで知っており、この人なら、主義主張の個々の内容ではなく、人柄的に、まだ信頼できるタイプかなと思ったので、彼の所属している参政党に入れただけ。彼がN党に参加していたらN党に入れただろうし、れいわ党なられいわ党に入れていただろう。なので、参政党そのものには、実は完全にニュートラルで、積極的な支持理由はない。

結局、党首の神谷氏だけが当選する結果になった。選挙が終った後になってから、今さら、暇つぶしがてら、YouTube で参政党の選挙演説などを視聴している。意外と、日本の国益を重視している党らしく、その点では、元々ほとんど「武田さんが参加している」ということを手がかりにした勘で選んだだけだが、それほど大外れはしていなかったように思われる。

しかし、かといって、参政党に積極的な支持を追認的に感じるようになったかというと、依然、そこは消極的な選択に留まる。例えば、歯科医の吉野氏の健康や食に対する問題意識など、個別の問題については、賛同できるものは少なくない。ただ、個々の問題、物事の是非よりも、その問題に対して、感情的になっている点が気にかかる。その熱意や動機が例え善なるもの、正義感、義憤などであって、感情で政治は成功しない。明治維新以後の日本人は、感情で動いたから、太平洋戦争の憂き目に遭ったわけだ。いくら、米国ポチでも中国ポチでもなく、自国の国益を最優先に考える愛国心を持った政党を目指すと言っても、愛国心という錦の御旗の下、結局のところ「感情に駆られて動い」たら、敗北の歴史を繰り返すだけだ。

党首の神谷氏は、他の党員よりは比較的抑制的な感じだが、それでも、例えば太平洋戦争について、「アメリカの陰謀によって、日本が戦争するように誘導された」といった発言をしていたので、ちょっと危ういと思った。武田さんの方がその点はまだ比較的冷静に分析していて、「アメリカは利益を優先するから、無理に戦争をせずとも、中国での権益を分ける話に持っていけば戦争は回避できた。日本は、ゼロ・イチ思考のせいで、中国の権益を全部譲り渡すか、戦争するかどちらかと考え、引っ込みがつかなくなって戦争に突っ走った」みたいな話をしていた。だから、まだ武田さんの方が信頼できると思った。

党首の神谷氏もそういったあたりはかなり自覚的に抑制しようとしているようではあるものの、あの感じだと、周辺や支持層には、陰謀論を 100% マトモに信じ込む系の人が集まりやすい雰囲気を避けられないと思う。

武田さんのことも、僕は、比較的人間的に信頼できるとは思っているものの、別に、彼の言っている個々の事柄に賛同しているわけではない。結構偏った主張が多い。ただ、彼の場合、比較的、学者っぽく、彼なりの情報の素材と、その素材を元にした組み立て方というのが示されており、「先に感情があって、後から都合の良い理屈を組み立てている」タイプではない点が「信頼に値する」というだけの話である。

その武田さんにしても、僕がやはり気になるのが、彼の話がことあるごとに「日本だけ」「日本人だけが唯一」というおきまりのフレーズに収束していくところである。

いやはや、米国にも中国にも、どちらにも媚び諂わず、日本の国益を最優先にしようという、愛国心のある政党が登場したのは立派だが、これはではまさしく「センチメンタルナショナリズム」ではないか。感情ファーストな国民性(これを美徳とする文化教養知識人が多いが、いいかげんやめて欲しい)では、どのみち、狡猾なアングロ・サクソン等にまんまと嵌められ(続け)るだけなんだよな……。

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