仏教の無我論とアージーヴィカ教の主張

今日、アーチャン・チャーの本(『無常の教え』(星飛雄馬・訳、2013-11-01、サンガ))を初めて読んだ。その中で、何度か繰り返し出てくる、「無我」についての彼の説明で、「無我」と「不死」を結び付けた解釈があった。

私たちを構成するあつまりを、ブッダは五蘊(pañca-khandha)と呼びました。五蘊は、肉体のあつまり(色蘊)、感受作用のあつまり(受蘊)、概念またはその概念を作るはたらきのあつまり(想蘊)、受・想・識を除いた他の全ての心のはたらきのあつまり(行蘊)、認識作用のあつまり(識蘊)の 5 つからなります。この 5 つが、私たち人間なのです。存在するのは、ただこの五蘊のみなのです。「人」というものは、本当はどこにも存在しません。人とは、単に地(paṭhavī)、水(āpo)、火(tejo)、風(vāyo)のあつまったものにすぎません。これら四大のあつまりを、施設(paññatti)として「人」と呼んでいるのです。死王は「人」を見つけ、捕らえることはできません。死王が追うことができるのは、やがて粉々となり、散じることとなる地、水、火、風のみです。それらの中には、いかなる「人」も見出すことはできません。

自らの身体が空であると知るとき、私たちはその中に住することなく、死王は私たちを捕らえることはできません。私たちは、もはや死なないのです! 違いますか?「私たち」というもの、我(attan)が存在しないとき、私たちは死なないのです。ブッダは、無我(anattā)を説きました。けれども、この無我についての話を聞くときには、どうか注意をして聞くようにしてください。この無我という言葉の本当の意味は、私たちの世界のどこに「人」というものが存在するのか? ということなのです。この世界には、地、水、火、風の集まり、そして空が存在します。現象は空ですが、私たちはそれらを慣習的に「私」とか「私のもの」と呼んでいます。そして、そこから自己に対する執着が生じます。やがて、地、水、火、風が散じるとき、私たちは死にます。私たちは、四大を自分自身であるとして生きているからです。そのとき、四大は私たちにとって空ではなく、自己そのものであり、それゆえそれらが散じるとき、私たちもまた死ななければならないのです。そして、私たちは死を嘆き、涙を流さなければならないことになります。ブッダは、ただ四大(四つの要素)だけが存在するのだと説きました。私たちはただ四大のあつまりとして生まれます。そして、四大が散じるとき、死は私たちに影響を与えることはありません。なぜなら、そのとき私たちは四大の中に住んでいないからです。

(……)もはや、私たちは仕事や人間関係によって苦しむことはありません。病気になっ ても、私たちは苦しみません。なぜなら私たちは、存在するのはただ、地(paṭhavī)、水(āpo)、火(tejo)、風(vāyo)だけだと知っているからです。問題は存在せず、問題を解決する人も存在しません。このようにして、全ては為し終えられるのです。

アーチャン・チャー『無常の教え』(星飛雄馬・訳、2013-11-01、サンガ)p295-314

これらの解釈は、多分にアーチャン・チャー独特のものでもあるのかもしれず、必ずしも、(テーラワーダ)仏教の正統なものではないのかもしれないが、「無我」であるという見解は仏教の中核思想であり、一方で個人の肉体は四大元素に過ぎないというのも、仏教で言われていることである。

ただし、「無我」だから「不死」だとか、「無我」だから「問題(行為)」も「問題の解決者(行為の主体)」も存在しない、という風な表現は、経典では直接されていない表現のような気がする。むしろ、想起されるのが、六師外道のアージーヴィカ教のプーラナ・カッサパとパクダ・カッチャーヤナの表現である。

プーラナ・カッサパの思想は、次のようなものであった、と原始仏典のうちに古い詩のかたちで神が伝えたとされている。

「この世において、身体を切断し、殺し、他人を傷つけ、他人の財産を奪い取ろうとも、カッサパはそれらのうちに悪を認めない。また善い行為をなしても、自分のための功徳を認めない。彼はじつに確信を説いてくれた。かれこそ師として尊敬するにふさわしい」

(SN. Sagāthavagga 2, 3, 10. vol.I, p.66G)

注釈家ブッダゴーサによれば、カッサパは、「善い行為を行っても、悪い行為を行っても、その報いを受けるということはない」ということを説いたのであるという。

渡辺研一『ジャイナ教 非所有・非暴力・非殺生──その教義と実生活』(論想社、2005-12-25)p38-43

プーラナ・カッサパの主張が、業否定・道徳否定ではなく、無我の境地の状態を説明していたのだったとしたらどうだろうか?

パクダ・カッチャーヤナも先のプーラナと同様にアージーヴィカ教であったといわれる。彼の伝記は不明である。パクダの所説は詳しく『沙門果経』に伝えられている。マガダ国のアジャータサットウ王がパクダ・カッチャーヤナを訪ねて、質問をしたところが、彼は 次のように答えたということを、王がブッダに述べている。

「師よ。質問されて、パクダ・カッチャーヤナはわたしに次のように答えました。──『大王さま、次に述べられる 7 つの要素体(kāya)は、作られたものではなく、[命令されて]作らされたものではない種類のものであり、創造されたものではなく、創造させられたものではなく、なにものをも産み生ずることなく、山頂のように常住不動であり、石柱の立っているように安定している。それらは動揺せず、変化せず、たがいに他のものを妨げ悩ますことがない。まして、たがいに他のものを楽ならしめることもなく、苦ならしめることもなく、あるいは苦楽の両者ならしめることもない。その 7 つの要素の集まりとは、何であるか。すなわち、地の元素の集まり、水の元素の集まり、火の元素の集まり、風の元素の集まり、楽しみと、苦しみと、そして第 7 に霊魂(jīva)とである。これら 7 つの要素の集まりは、作られたものではなく、[命令されて]作らされたものではない種類のものであり、創造されたものではなく、創造させられたものではなく、なにものをも産み生ずることなく、山頂のように常住不動であり、石柱の立っているように安定している。それらは動揺せず、変化せず、たがいに他のものを妨げ悩ますことがない。まして、たがいに他のものを楽ならしめることもなく、苦ならしめることもなく、あるいは苦楽の両者ならしめることもない。ここにおいては(世の中には)、殺す者もなく、殺させる者もなく、聞く者もなく、聞かせる者もなく、知る者もいないし、知らせる者もいない。たとえ鋭利な剣をもって頭を断ち切ろうとも、何人もいかなる生命(jīvita)を奪うこともない。ただ 7 つの要素の集まりの間隙を剣の刃が通って下りて行くだけにすぎない」

(DN. Sāmaññaphala-sutta 26. vol.1, pp.56-57)

パクダによると、人間の各個体は 7 つの集合要素、すなわち地・水・火・風の四元素と苦・楽と霊魂から構成されている。これら七要素は、作られたものでも、他のものを産み出すこともない。山頂のように不変であり、石柱のように不動である。これらは互いに他を害うこともない。それゆえ世の中には、殺す者も殺させる者もなく、教えを聞く者も聞かせる者もなく、知る者も知らしめる者も存在しない。たとえ鋭利な刃物で他の頭を切り落としても、これによって何人も何人の生命を奪うことはない。ただ剣の刃が 7 要素の間隔を通過するにすぎないという。

渡辺研一『ジャイナ教 非所有・非暴力・非殺生──その教義と実生活』(論想社、2005-12-25)p44-47

パクダ・カッチャーヤナのこのような霊魂(jīva)の不死論も、「無我だから壊れるのは四大元素からなる肉体(他、五蘊)だけで、阿羅漢は不死」と表現するアーチャン・チャーの見解と、ほとんど違いがないように思われる。もちろん、「無我」と「不死の霊魂が【有る】」という点に主張に決定的な違いはあるのだが、パクダ・カッチャーヤナの本来の主張は、不死の霊魂が「有る」というものではなく、四大元素と苦・楽(=感覚)という仏教の五蘊の色・受に相当するものが壊れるだけで、そこに我は「無い」、という不完全な無我論であった可能性は、大いにある。

アージーヴィカ教のこれら不完全な無我論に対して、仏教側、というよりも後世(現代)の仏教学者が、悪意的に経典の記述を解釈している面の方が多分にあると思う。

沙門果経自体は、六師外道の説を紹介するのみで、それぞれに対する釈尊(仏教側)の批評は記述されていない。プーラナ・カッサパが、反道徳論だとしたり、パクダ・カッチャーヤナが霊魂不滅論(常住論)だとしたり、そのように勝手に思い込んでいるのは、現代の仏教学による解釈である。

もちろん、沙門果経の記述自体にも、編纂当時の仏教徒側の多少の悪意もある。彼らアージーヴィカ教も、不完全ながら無我論を主張していたにもかかわらず、仏教と思想が共通する部分には触れず、仏教の説き方に比べると不完全な彼等の教説をあげつらうように、誤謬の生じやすい表現をピックアップしているようにも思われる。

マッカリ・ゴーサーラの糸毬の譬え

私見としては、仏教・ジャイナ教・アージーヴィカ教は、共通の思想基盤を持っていたと考える。それは沙門という反バラモン思想のものである。バラモン教は、儀式的・宗教的であり、現代社会における、信仰をベースとした世界的宗教(ユダヤ・キリスト・イスラーム、ヒンドゥ・大乗仏教)に通じる他力本願的・他物的なものである。それに対して沙門は自力本願的・自己実現的なものである。

その上で、これら沙門内派閥間におけるまず大きな違いは、支持母体層の違いだと思う。戒律的にほとんど商人階層のみに限られたジャイナ教は特別としても、王族・貴族・富豪層が母体の仏教と、大衆・賤民層が主体のアージーヴィカ教は、支持母体層面で真っ向から対立するのは、むしろ自然であっただろう。仏教では、上流階級の人々が世俗の頂点を究めても、なおかつ、精神的な虚しさを感じて世俗的な財産も地位も捨てて出家するという流れにある。一方、アージーヴィカ教は、「職業的な沙門」という意味の名称であり、世俗的な、食い扶持や富を得るために、パフォーマンスとして沙門の苦行(芸)を行う、芸人のような連中である。彼等は十分に蓄えができると俗世間人に戻ったり、蓄えを得るために沙門になったりというような季節労働的なことを平気で行った。仏教側の本物の出家沙門からすれば、それだけで詐欺師のようなものであり、厳しく批難をされたのは当然である。(その他、アージーヴィカ教には裸形行者も多かったようだ。)

とはいえ、アージーヴィカ教の指導者であったプーラナ・カッサパ、パクダ・カッチャーヤナ、マッカリ・ゴーサーラら、彼ら自身もが、(仏教やジャイナ教側が伝えるように)本当に賤民出身だったかどうかは、わからないと思う。日本仏教でも例えば、大衆仏教である浄土真宗の祖師親鸞自身は貴族の出身である。

アージーヴィカ教の指導者の中でも一番若手と思われる真打、マッカリ・ゴーサーラの教説も、やはり仏教と共通する面があるように解釈でき得るのである。

──糸球の譬え

ゴーサーラの所説は詳しく仏教の『沙門果経』に伝えられている。マガダ国のアジャーサットウ王がマッカリ・ゴーサーラを訪ねて、質問をしたところが、彼は次のように答えたということを、王がブッダに述べている。

「師よ。質問されて、マッカリ・ゴーサーラはわたしに次のように答えました。──『大王さま、生ける者たち(satta)には煩悩の汚れ(saṃkilesa)があるが、それらには因(原因)もなく、縁(二次的原因)もない。生ける者たちは、因も縁もなくして煩悩に汚されている。また生ける者たちが清められるのには、因もなく、縁もない。生ける者たちは、因もなく縁もなくして清まるのである。自分が作りだすということもなく、他の者が作りだすということもなく、人が作りだすということもない。力は存在しないし、意志的行動(vīriya)は存在しないし、人間の勢力(purisa-thāma)は存在しないし、人間の努力(purisa-parakkama)は存在しない。すべての生ける者たち、すべての生気ある者たち、すべての存在する者たち、すべての生命ある者たちは、みずから支配することもなく、力もなく、活力もなく、自然の定め(niyati)と出会い(saṅgati)と生来の資質(bhāva)に影響支配されて生存の 6 種類の生まれ(abhijāti)のうちのいずれかにおいて、苦楽を感愛するのである』と。

(……)

そうして 840 万の大劫があり、この期間には、愚者も賢者も流転し輪廻して、ついに苦しみを終滅するにいたるであろう。この期間には、[わたしはこの戒行によって、また誓戒によって、あるいは苦行によって、あるいは清浄行によって、いまだ果報の熟していない業を完全に熟させよう。あるいは、すでに果報の熟した業をくり返しその報いに触れながら、順次にその果報を消滅することにしよう]ということはおこることはない。こういうわけで、輪廻は苦楽が、いわば桝によって量り定められたものとして終滅に達することはないのである。またそれの盛衰もなく、増減もない。あたかも、糸毬が投げられると、糸の終わるまで、ついには解け終わるように、愚者も賢者も、流転し輪廻して、ついに未来に苦しみを終滅するのである』と」

(DN. Sāmaññaphala-sutta 20-21. vol.I, pp.53-55)

ゴーサーラによると、一切の生きとし生けるものが輪廻の生存を続けているが、それは無因無縁である。生きものたちが清らかになり解脱するのも無因無縁である。かれらには支配力もなく、意志の力もなく、ただ運命と状況と本性とに支配されて、いずれかの状態において苦楽を享受するのである。意志に基づく行為は成立しない。840 万の大劫の間に、愚者も賢者もただ流転し輪廻しつづけ、苦の終わりに至る。その期間のなかで修行によって(中途に)解脱することは不可能である。ちょうど毛糸の球を投げると、ほぐれながら糸球は糸の終わるまで転がっていく(糸がなくなると転がるのをやめる)ように、人は愚者であれ賢者であれ、定められた期間は流転しつづける、と主張した。

渡辺研一『ジャイナ教 非所有・非暴力・非殺生──その教義と実生活』(論想社、2005-12-25)p47-63

このように、マッカリ・ゴーサーラの主張は、仏教側からは、「無因無果」「宿命論」の部分に主眼があると悪意的に、記述、解釈されている。

しかし、仏教においても、業(行為)は、悪業も善業も、(解脱すると)最終的には無くなるとされている。ゴーサーラの教説の意図が、「無因無果」や「宿命論」そのものにあったのではなく、「煩悩に汚染された業を停止すること」にあった、と解釈することもできると思う。そう考えると、「糸毬の譬え」というのは、老荘思想が説く無為自然の教えと表現的にもほとんど一致する。「無為自然に任せて、人為的な行為を止めよ」というわけだ。説き方にも隙のない仏教に比べると、(アージーヴィカ教も、老荘思想も)誤謬が発生しうる多少の隙のある不完全な表現であるとはいえ、完全否定するほどの悪意的な解釈をするべきようなものもないのかもしれない。

またさらに、「糸毬の譬え」は、賢者については「有余涅槃」から「無余涅槃」するまでの間の残りの業果のこと、愚者については通常の肉体的な寿命を述べたものと解釈することもできる。いずれにせよ、過去の業の果については、現在の行為によって変更することはできない、というのは、仏教の方も同じである。この点では、ジャイナ教(業を物質的なものとして見て、苦行の熱によって燃焼できるとする)が意見を異にしている。

マッカリ・ゴーサーラとタロット占い

マッカリ・ゴーサーラ本人およびその父親は「絵解き遊行者」であったとされている。

ジャイナ教白衣派の第 5 アンガ『ヴィヤーハパンナッティ』第 15 章などによれば、ゴーサーラ・マンカリプッタは「絵解きの遊行者」であった、と記されている。キャンバスに描かれた絵を見せながら、その絵に描かれた物語を歌にして、人々に聞かせながら、村から村へ遊行しながら生活の糧を得ていた。

さらに、『マハーニシーハ・チュンニ』4498 によれば、

「絵の描かれたキャンバスを手にもって(人生の)楽(スカ)と苦(ドッカ)のことわりを語りつつ、人々に近づいては親しくなる。そのとき人々は、彼に乳酷(ギー)やバターを与える」

と記されているように、アージーヴィカ教徒は民衆に親しまれていた。

おそらく目的はアージーヴィカ教の教義を聞かせるための絵解きであったに違いないのであるが、村の人々にとっては、彼らの語りが娯楽でもあり、新しい知識や外の世界の情報の源泉でもあったであろう。人々が代価を与えても聞きたいと思う背景には、絵解きとしての力量はもとより、諸事百般にわたる知識や詩人としての能力が要求され、かつ相当の歌い手でなければならなかったであろう。

ゴーサーラはこの「絵解き遊行」を彼の父マンカから受け継いだとされている。この父マンカにアージーヴィカ教のような宗教思想があったかどうかは不明であるが、とにかく「絵解き遊行」がインドで古い起源をもっていることは注目してよい。しかも現代のインドでも存在していることが報告されている。それが低いカーストの人の職業として今もなお続いていることに注目したい。

渡辺研一『ジャイナ教 非所有・非暴力・非殺生──その教義と実生活』(論想社、2005-12-25)p47-63

渡辺研一は「絵解き遊行者」というのを、紙芝居か何かのようなものとして説明しているが、自分はこれは「タロット占い」の類ではないかと思う。そう考えれば、「マッカリ・ゴーサーラは宿命論者である」という話とピッタリと結び付くからである。タロット占い自体、インド系の流民であるジプシー(ロマ)がヨーロッパにもたらした非キリスト教的なルーツのものである。アージーヴィカ教がルーツだったとしても全く不思議ではない。

「(人生の)楽と苦のことわりを語り」など、まさしく、占いの吉凶のことではないか。

食い扶持、富を得るための手段として出家者を装っていたアージーヴィカ教の修行者は、思想と占いを絡めて行い、鑑定の報酬を得るというようなこともしていたのである。当然、アージーヴィカ教を似非修行者として批難していた仏教側では、占いを出家者の戒律で禁じることになる。この場合、占いが「迷信的行為であるからやるな」というような趣旨ではなく、占い師的な「職業的行為は出家者はするな」という意味あいの趣旨であろうと思われる。過去の業が不可避的に善悪の果報をもたらすという点では、仏教もアージーヴィカ教も共通する考えを持っているからである。実際に、テーラワーダ仏教国では、占いは盛んに信じられている。

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