いわく付きの人形

島田秀平のお怪談巡りに、廃墟&樹海探検家の栗原亨という人が登場していた(123)。そこで、毎回、彼の監修した『Shin-Spo 心霊スポット写真集[廃墟編]』という本(写真集)が紹介されていたので、早速、入手して読んでみた。

この本全体としては、心霊スポットの噂のある廃墟の写真集という形だが、被写体は心霊スポットではあるものの、写真としての美しさを追求したようなものとなっており、それほど怖いとか嫌な感じのする写真が掲載されている気はしなかった。特に、著者(撮影者)の一人である、川田雅輝の撮った写真は、デジタル加工により輪郭線強調や色処理がされており、写真としての美術性を追求したものとなっている。つまり、この写真集は、被写体という題材が主役ではなく、あくまでも写真という形で表現された映像美が主役である。

被写体側の心霊的な「いわく」を僕に感じさせた写真は、一点だけあった。巻末の解説に付された名前からするとおそらく監修者の栗原が自ら撮影したもので、神奈川県のとある廃寺の「生き人形」だという。

全写真を通して見てから、巻末の解説を読んで、なるほどと思った次第である。「幼くして亡くした息子を模し、遺髪や実際に着ていた服を使い造られたリアル生き人形。(栗)」とある。

写真を通じて見る者に伝わるレベルの存在感があって当然の「いわく」があったのだ。

栗原自身は霊能力者ではないので、他の心霊的には特に何ということもなさそうな、廃墟に残された人形の残骸のような写真も一緒に取り上げているが、この「生き人形」については、多くの人が何かを感じるようである。栗原は自身の X にも、この人形の写真をポストしているが、複数の人が、この写真に異様なものを感じとっている(栗原の X ポスト)。


栗原の写真集の「生き人形」で思い出したのが、少し以前に視聴した、ギャル霊媒師・飯塚唯の動画である。一連の動画(12)の主目的は、インフルエンサー系(?)のえっちゃんという女性 YouTuber の彼女自身+住居の除霊だが、後半で、えっちゃんの所有する人形 3 体を鑑定して除霊を行っている。

僕は、この動画を初見で観ていた時、「何かいわくがあるとすれば、3 体目の人形かなあ」と思っていたが、結果的に飯塚唯さんの鑑定と一致していた。顔の曇ったような表情が、飯塚唯さんがそのようにコメントする前から、明らかに、僕にも感じられたのである。マンガで言う、顔に黒い雲がかかったような表現というか、セリフの吹き出しに黒い線でグシャグシャと描く表現というか。そういった感じの。

ところで、この動画が凄いのは、鑑定ではなくて、その後の飯塚唯さんの除霊の方である。彼女は、人形をお香を焚いた煙に通し、さらに水で顔に護符を描いているが、その後の人形の表情から、先程の「黒い雲がかったような表情の曇り」が一掃されているのである。(水に濡れたことによる、物理的変化のことを言っているのではない)

これは僕だけでなく、おそらく他の普通の人にもわかる、貴重な動画ではないだろうか?

この飯塚唯さんによる、人形の除霊の前後の様子の違いがある程度わかる人であれば、前述の栗原亨氏の写真集の「生き人形」の、(幼い息子を亡くした親がその人形に込めた)念の強さが、はっきりとわかるのではないだろうか?


先日、オカルトエンタメ大学という YouTube チャンネルで、都市ボーイズの早瀬康広が、自身の所有する呪物人形について解説する一連の動画があった(123)。

動画で紹介されている呪物の各人形のいわれの方よりも、早瀬自身の〝呪物愛〟の方をよく感じさせる動画となっており、早瀬 or 都市ボーイズファンには一見の価値ある動画だと思う。一つ目の動画で、人形が瞬きする様子が撮影されたとあるが、僕には、これは特に心霊現象には思えない。おそらく画面の揺れによる、iPhone のカメラの自動焦点や明るさ調整の変化、そして写り方を自然にするためのレンズ補正機能などが影響しているだけだろうと思う。とはいえ、そのことと、早瀬の彼の所有する呪物人形への愛が、損われるものではない。彼の呪物に対する愛情は、それ自体が、一種の〝心霊現象〟と呼ぶべきレベルのものに達しているように思われる。

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