カエル──呪いのキーホルダー

動画の 1 話目:

10 :本当にあった怖い名無し@転載は禁止:2015/12/13(日) 02:24:56.91 ID:nT/pq9PZ0

俺が中学生のときに体験した話

あれは確か中2の夏だったと思う
部活も入ってなかった俺は授業は終わったらすぐ帰るいわゆる帰宅部ってやつだったんだが
その日いつものようにすぐ帰ろうと下駄箱の蓋を開けると、なかにあれ? と思うものが入ってたんだ

それは親指サイズのカエルを模したキーホルダーで、女子が筆箱あたりにつけてそうな可愛い感じのやつだった

当然それは俺のものではない。誰かがこれをみにつけていたという覚えもなく、なんでこれが自分の靴箱のなかに入ってたのかいろんな事が謎だった
その時の俺は特になにも思わずそのカエルをテキトーにポケットにしまい、その日はそのまま帰った

問題がおこったのは次の日だった

次の日の朝、俺がいつものように登校し、下駄箱を開けると、そこにはある一通の手紙が入ってあった
封筒はこれまた可愛らしくて桜の模様とかが描かれているピンクっぽい感じのものだった

俺はすぐにこれは俺にも春が来たか!と舞い上がった
俺はとりあえずその場ではすぐに手紙を開けず、それもまたポケットにしまい教室へと向かった

11 :本当にあった怖い名無し@転載は禁止:2015/12/13(日) 02:33:29.25 ID:nT/pq9PZ0
その日はずっと手紙のことで頭が一杯だった
どんな子がくれたんだろうとか、もし付き合うとなったらデートはどこへいこうとかそんな事を考えていた気がする

そうして一時間目、二次間目と時間は過ぎていき、昼休みの前の掃除の時間となった
俺は教室の掃除だった
はやくトイレとかにいってこっそり手紙を読みたいと思ってた俺は、張り切って掃除をしていた
だがそれがよくなかった

張り切りすぎて回りが見えてなかった俺は、一緒に掃除していたやつとぶつかってたおれてしまったんだ
とりあえずぶつかったやつに謝りながら手紙が落ちてないかポケットを確認する俺
だが急いで確認したせいで、手紙がポケットから出てしまい床に落ちてしまった
「なんだそれ~!」
めざとくそれを発見する暮らすの連中
「おい! やめろ! それは俺が最初に見るんだ!」
「おいおいなんだよ、>>1のくせに告白か?手紙みてやろうぜ!」
「おいだからやめろって………………どうした?」
「…お、おい……この手紙なんだ?」

12 :本当にあった怖い名無し@転載は禁止:2015/12/13(日) 02:41:19.13 ID:nT/pq9PZ0
「なんだってなんだよ、告白の手紙じゃ――」
「う……うぼええええぇぇぇぇ」
突然手紙を読んだやつの一人が吐き出した
給食を食べたばっかりで中身がまだきちんと消化されずそのまま出てきていたのをよく覚えている
「お、おい大丈夫か!」
「ちょ、せ、先生!」
教室は騒然となり、先生が騒ぎを聞き付け駆けつける
先生「おい、どうした!」
「○○くんが、急に吐いて……この手紙を見て…」
先生「何?……ってなんだこいつは!誰だこんなふざけた手紙を作ったのは!」
俺はその時はじめてその手紙を見た
そこには真ん中にでっかく気持ち悪い感じに描かれた男の子の絵が描いてあった
ただそれだけなら大したことはない
問題はその右下……そこにはなんとゴキブリの死骸を潰して押し花みたいにぺちゃんこにしたのが紙に張り付いてあった

13 :本当にあった怖い名無し@転載は禁止:2015/12/13(日) 02:47:55.10 ID:nT/pq9PZ0
当然手紙を持っていたのは俺なので、俺はすぐに先生に職員室に連れていかれ、詳しく事情を聴かれた
といっても俺がその時知っていたのは朝来たらあの手紙が下駄箱に入ってたことくらいなので、事件は闇入りとなった
で、だ
それだけなら単なるちょっと気持ち悪いいたずら話ということになるだろう
だがそれだけでは終わらなかった
というのも俺のいく先々でこういう嫌がらせが続いたのだ
それは学校内だけでなく、通学の最中とか家の中までも及んだ
例えば俺の部屋は二回にあって窓の外にベランダがあるんだが、そこに腐った猫の死骸を投げ入れられるとか
鞄のなかに生肉が詰め込まれているとか
当然俺はノイローゼになり、自然と外にでなくなっていった

14 :本当にあった怖い名無し@転載は禁止:2015/12/13(日) 02:54:26.09 ID:nT/pq9PZ0
そんなある日のことだ
俺はその日体調がものすごく悪く熱もひどくなっており、学校を休んだ
前日まではそんな調子ではなかったのだが、急にそういう風になったんだ
その日母はパートで昼から夕方まで出掛けなくてはいけなかった
当然俺は家に一人残されることとなり、熱もでてあまり動けない俺は、部屋でじっと横になってた
……母が外出して1時間ほどたったあとだろうか
ふと遠くから何か音が聞こえてきているのを感じた
最初は熱による耳なりかと思ったんだがそうじゃない
なんというか……うぉーうぉーと何かが叫ぶようなそんな音だった
それが段々とこちらに近づいてくる
そこの時点で俺は恐怖の限界だった
だって……その声は明らかに尋常じゃないスピードで、しかもまっすぐこちらに向かってきているのが分かったからだ

15 :本当にあった怖い名無し@転載は禁止:2015/12/13(日) 02:56:54.13 ID:nT/pq9PZ0
うぉーうぉー!
うぉーうぉー!うぉーうぉー!
うぉー!うぉーうぉー!うぉー!うぉー!
どんどん声は大きくなり最後には耳を塞いでいないと気が狂ってしまいそうな嫌い大きくなった
しかし、そこでふと音が鳴りやんだ
辺りは急にシーンとなり、百日咳俺はその静寂が怖くなった
瞬間
「うおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉーーーーー!!!!!!!」
耳元で声が響いた

16 :本当にあった怖い名無し@転載は禁止:2015/12/13(日) 03:10:11.95 ID:nT/pq9PZ0
そして俺は気絶した
親は帰ってきたとき俺の顔があまりに真っ白なのと寝巻きが汗でびっしょりなのを見て俺が一瞬死んだんじゃないかとおもったらしい(死にそうなくらい怖い目にはあったが)
俺は親に泣きながら起こされると、今度は俺のほうが泣き出して親に何が起こったのか説明した
それを聞いた母親は、ついに霊媒師?ってのを呼ぶのを決心したらしく、すぐに知り合いのつてをたどって霊媒師を呼ぶ手続きをした
その二日後にその霊媒師が来た
そいつは俺の部屋のなかに入るなり、俺のタンスのなかを開けてズボンを引っ張り出した
そしてそいつがそのズボンから取り出したものは、あのとき下駄箱に入っていたカエルのキーホルダーだった
彼いわく、そのキーホルダーには妙な呪いみたいなのがつけられているらしく、それによって俺が今までこんな怖い目にあってきたらしいとのこと
こちらでこれは処分するから君はもう安心して良いといわれたとき、俺はついホッとして泣き出してしまった
でも一つだけわからなかったことがあった
それは、誰が俺の靴箱にそのキーホルダーを入れたかってことだ
その話をその霊媒師の人にしたとき、彼は真面目な顔をしてこう言ってきた
「おそらく私がこの呪いを解除したとき、この呪いをかけたものが今度は呪われるだろう。……多分、近いうちに妙に不幸な出来事に見回れることが多くなるやつがいれば、そいつが…………」
そう言って彼は出ていき、それっきり俺に妙なことは起こらなくなった
その代わり俺の代わりのように不幸になっていくやつが現れた

それは……俺のクラスの中心グループの連中全員だった

17 :本当にあった怖い名無し@転載は禁止:2015/12/13(日) 03:11:00.82 ID:nT/pq9PZ0
以上
長々と失礼

死ぬ程洒落にならない怖い話を集めてみない?332
  • 「呪い」というのはあくまでも人(対象者)の心にネガティブな変化を(当人は無意識ながら、自ら)起させるための触媒的な行為に過ぎない。それ自体で客観的普遍性(実在性・実効性)のある物事ではない。ここが重要で、ムー系オカルト民は、こういったオカルト的な物事が、個々人の主観的心理現象を離れて、それ自体で独り歩きして自立できる、客観的普遍性のある事象・物事として、自然科学的な物理現象と同等の価値のあるものと思って、その実在性を立証することに熱狂している頭のおかしい低脳連中である。
  • もちろん反対に、大槻義彦教授や、占い師けんけん等のように、唯物主義的なスタンスから、個々人の主観的心理現象としての実効性までも否定して攻撃せんとバッシングすることにライフワーク的な動機を持っている連中は、左翼共産マルクス主義者のようなサイコパス的サディストとでも言うべきものであり、人間性の面からやはり駄目。仏教の中道で説かれている両極端のうちの、現世主義者の側に相当する。いずれのサイドにしても仏教的に否定されるべき極端外道の立場ということになる。
  • このような呪いの効果は、物理的な物事を「触媒」として、個々人の主観的心理現象間での相対的な作用・反作用を狙っている。なので結局、物理的実体は、結局はニュートラル(中立・無害)であり、それに普遍的な効果はない。「呪物」(あるいは「怨念が込もっている」等)というオカルト界隈で持て囃される概念ネタは、「無差別的に害があるもの」という暗黙の前提に基いている面が多分にあり、そこはちゃんちゃらおかしいのである。呪物に対して、何らかの縁(因)を持つ者に対して、その縁(因)によって、縁(因)に応じた主観的心理現象をもたらすのであって、縁(因)のない者には主観的心理現象として無効である。
  • 外道(バラモン教徒。今で言うヒンドゥ教徒。日本で言う、神道だが、現代日本の大乗仏教も実質仏教と言うよりは限りなくバラモン≒ヒンドゥ教寄り)に因縁いちゃもんをふっかけられた釈尊が、「贈ろうとした贈り物を相手が受け取らなければどうなるか?」と答えたというエピソードが伝わるが、「呪い」というものも、以上のように、主観的心理現象間での相対的な作用・反作用によるものなので、呪われた相手の心が受け取らないようになれば、呪った側の作用(心理的な働き掛け)が空振りしてしまうことになる。つまり、階段を上ろうとして、相手の主観的心理を踏み台にして、精神的に高い場所に上れていたもの(幸福感・高揚感)が、踏み台が外れてしまうことになり、落差を伴って叩き落とされてしまうことになる。
  • 以上のような「呪い」に対する心理科学的な理解により、本物の仏教では、「呪い」とは反対に、他者の「幸せ」をひたすら願おうとする。「慈悲喜捨(四無量心)」である。相手が受け取れば本来の目的が遂げられるし(自分は願いが叶って嬉しいわけだ)、仮に受取りを拒否されても自分に戻ってくるだけだ(意図せず、他の人々に幸せを願われている側の人と同じ状態になる)。彼(女)の心の明るさの分だけ、世間に光が増す。誰も困る(誰かに迷惑がかかる)ことはなく、自分にとっても相手にとっても世間にとっても「三方よし」である。自己犠牲を美化してまでも他者に幸せを与えよという相対的な幸(奪い)・不幸(奪われる)の次元の知性・思考回路とは一線を画している。こういうの(=法)が、仏陀の「頭の良さ」である。そ(=仏)の「頭の良さ」に「こそ」ピンとくるのが、(本物の)仏教徒(=僧)である。仏・法・僧こそが宝である(=三宝)。

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