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kenmo vs ちょる子 手法対決

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(敬称等略) kenmo ちょる子 カテゴリー 中小型グロース株 大型主導株 銘柄選択 ファンダメンタルズ分析による 特定の銘柄の選択・集中投資 ニュース動向によるセクターシフト テクニカル手法 長期・ブレイクアウト 短期・逆張り 番組側の構成に沿っての話であるとは思うが、kenmo の言うような「自分の成功体験からくる手法」に居つくことに、テスタは否定的だったはず。テスタの場合、どんどん時代の変化に合わせて、柔軟に自分(の手法)を変えていけるか(そうしないと最初は成功できても生き残るのが難しい)ということをある 対談動画 で強調していた。 実際に、kenmo は、彼の手法が通用しやすい時期と通用しにくい時期が数年周期で発生すると言っている。 kenmo の発言の主旨で大事なことは、「手法の是非」つまり、手法という「客体の是非」ではなく、投資家自身という「主体の是非」として彼の発言を通訳して受け止めるべき言葉だと思う。つまり、彼の発言は、彼の手法である「新高値ブレイクアウト手法」の良し悪しではなく、「自分の得意とする儲けパターン行動を見付けて使いこなせ」という話ならば、わかる。客体の是非である場合、誰が使っても、再現性がある手法である、ということになるが、そうではないのがポイント。ちなみに仏教でも、本来の初期仏教では主体論が説かれていたのだが、客体論(自然科学のような人間存在抜きで物理的再現性のある一般論)と勘違いした連中が空論という形で客体論として仏教を解釈するようになったため、大乗仏教という偽仏教と成り果てた。 kenmo の言うチャートパターンを憶えている、というパターンマッチング能力は、良いコメントだと思うが、これを言ってしまうと、テスタを含む大抵の成功した個人投資家は、これ(パターンマッチング能力の高さ)で説明が終ってしまうので、実は「新高値ブレイクアウト手法」だとか様々な成功者の手法をネタにした本を買う意味がなくなる(パターンマッチング能力の高い・低いの問題(≒個人的センスの問題)であって、手法の良し悪しの問題ではなく、凡人が手法に関する情報を収集して真似しようとする努力は無駄である)。 最終的(動画の最後から 5:00 の部分)に、相場の動きの背後にいる相場参加者の投資家...

欲天

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随分以前にも仏教の六欲天について 考察したこと があったが、今ではその頃とは違う仮説が構築されてきたので、改めてまとめようと思う。 Unsplash の Elena Mozhvilo の提供画像 まず仏教というものがそもそも、人間の世界の上に、欲天という、感覚的な欲の世界を天界(神々が生まれ住む世界)を設定していることが重要な留意点である。僕は単純に「感覚的な欲」(の世界)という理解ではなく、感覚的な「欲が充足される」(世界)という仮説で理解している。 つまり、我々人間の現実の物質世界での体験で考えると、いつでも、高級な美味な料理を思う存分食べて満足できたらいいなあ、という欲求がある。一定以上の金持ちであれば実現は可能かもしれないが、大部分の人は「いつでも」「思う存分」は無理だろう。また、金銭的問題は除いても、その美食に耐えうる健康を保てるかどうかという問題もある。 このような、「『美味を味わって、満足する』そのような感覚を、無制限に思う存分満たされるのが、欲天の神々の境遇なのだ」という仮説を考えたらどうだろう? 欲天は当然、我々のような物質的な肉体を持った存在の世界ではない(ただし、仏教では、欲天が、単純に非物質世界的だからといって、即、精神的世界と捉えているわけではないのには注意(精神のみの世界は、無色界となる)。仏教以外のいい加減な考えでは、単純に、 物質的現実世界 リアル・マテリアルワールド のこの世と 精神的世界 スピリチュアルワールド のあの世に二分する、左脳的短絡思考によって、世界観を構築しているわけだが)。 つまり、欲天の神々は、実際には、大金持ちにならなくても、大金持ちが財力によって味わっているような高級な美食体験を、いつでも思う存分、浴することができる存在なのである。つまり、我々物質的現実世界の人間とは違って、現物(物質)を得る必要がない。ブラック企業の成金オーナー社長や、アメリカ合衆国という国家システムのように、がめつい真似をして、世界中の他者から富を力ずくで吸い上げて繁栄して、 贅沢 ラグジュアリー な生活を営もうとする必要はない。 彼らは感覚の対象物質の所有を必要とせずに、直接、その感覚を味わっているのである。 厳密に言えば、感覚というよりは、感覚から得られる「充足」「喜び」である。その充足されたい...

『遊星からの物体X』 エンディングについての完全解答

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『 遊星からの物体X The Thing 』(1982)のエンディングについて、僕は独自の完全解答に辿り着いている。 学校の数学のテストみたいなもので、一応、解答だけを提示することは誰にでも可能であり、単純な組み合わせから マクレディが人間、チャイルズがエイリアン マクレディがエイリアン、チャイルズが人間 マクレディもチャイルズも人間 マクレディもチャイルズもエイリアン のどれかに正解があると考えることができるわけだから、先に解答だけを決め打ちして、次にその選んだ解答に都合の良い理由(言い訳)を拾い集めて、主張する、などという、卑怯な(わかっているフリをする詐欺的)手法(これが今流行の AI の動作手法そのものだが)を使って偉そうな論を垂れる輩というものが世には跳梁跋扈するわけだが、これは数学のテストでは半分以下の部分点しかもらえない。ちゃんと適切な途中過程を示した上で、解答を当ててこなければ、完答(満点)にはならないわけである。 『 遊星からの物体X The Thing 』(1998)のエンディング問題について、そういう意味での完答に、僕は独力で辿り着いている。だが、ここで示しても、パクられるだけなので、残念ながら、公表することはできない。なので、解答だけ、どれが正解なのかを示すに留める。 ✅ マクレディが人間、チャイルズがエイリアン これが正解である。監督(ジョン・カーペンター)自身が否定しているように「目の光が云々」という理由によっては、決して完答(満点)とはならない。カーペンターはちゃんと完答となるべき理由を用意している。それがわかった上で、この解答を示さないと、ただの後付け理由を示すやり方の詐欺的答案だ。 そしてそもそも、エンディングを曖昧・両義的にして、観客によってどちらでも取れるようにする、なんて知ったか振りの解釈は、最悪だろう。カーペンター自身がはっきりと、いずれか一方がエイリアンである、と断言しているのだから。つまり、4 択ですらなく、そもそもが マクレディが人間、チャイルズがエイリアン マクレディがエイリアン、チャイルズが人間 の 2 択問題なのだ。だから、どちらの選択肢が正解かを当てること自体には、ほとんど価値はなく、(カーペンターが満点採点せざるを得ないであろうと思われる形での)正...