kenmo vs ちょる子 手法対決
(敬称等略)
kenmo | ちょる子 | |
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カテゴリー | 中小型グロース株 | 大型主導株 |
銘柄選択 | ファンダメンタルズ分析による 特定の銘柄の選択・集中投資 | ニュース動向によるセクターシフト |
テクニカル手法 | 長期・ブレイクアウト | 短期・逆張り |
- 番組側の構成に沿っての話であるとは思うが、kenmo の言うような「自分の成功体験からくる手法」に居つくことに、テスタは否定的だったはず。テスタの場合、どんどん時代の変化に合わせて、柔軟に自分(の手法)を変えていけるか(そうしないと最初は成功できても生き残るのが難しい)ということをどこかで観た切り取り動画で強調していたと思う。
- 実際に、kenmo は、彼の手法が通用しやすい時期と通用しにくい時期が数年周期で発生すると言っている。
- kenmo の発言の主旨で大事なことは、「手法の是非」つまり、手法という「客体の是非」ではなく、投資家自身という「主体の是非」として彼の発言を通訳して受け止めるべき言葉だと思う。つまり、彼の発言は、彼の手法である「新高値ブレイクアウト手法」の良し悪しではなく、「自分の得意とする儲けパターン行動を見付けて使いこなせ」という話ならば、わかる。客体の是非である場合、誰が使っても、再現性がある手法である、ということになるが、そうではないのがポイント。ちなみに仏教でも、本来の初期仏教では主体論が説かれていたのだが、客体論(自然科学のような人間存在抜きで物理的再現性のある一般論)と勘違いした連中が空論という形で客体論として仏教を解釈するようになったため、大乗仏教という偽仏教と成り果てた。
- kenmo の言うチャートパターンを憶えている、というパターンマッチング能力は、良いコメントだと思うが、これを言ってしまうと、大体の成功した個人投資家は、これ(パターンマッチング能力の高さ)で説明が終ってしまうので、実は「新高値ブレイクアウト手法」だとか様々な成功者の手法をネタにした本を買う意味がなくなる(パターンマッチング能力の高い・低いの問題であって、手法の良し悪しの問題ではなく、凡人が真似しても無駄である)。
- 最終的(動画の最後から 5:00 の部分)に、相場の動きの背後にいる相場参加者の投資家層の行動に結び付けている考察は秀逸。G. D. テイラーの基本的な論調は、相場のメインプレイヤーとなるインサイダーの動向によって説明するというスタンスである(テイラーの説明の仕方を〝陰謀論〟と短絡思考で片付けるのは読みが浅過ぎる)。
- ちょる子は、おそらく、1 分足の出来高で、大口の約定が出ているのを「大口の買い・売り意欲」を見抜く鍵としているが、これはもやはり 1950 年の著書でテイラーが述べていることである。75 年経った今でも通用することを、75 年前にさらっと述べているテイラーは天才。
- 以上、動画の ~30:00 程度はイマイチだったが、最後の 5:00 の部分は良い内容だった。
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