残存思念(残留思念とも)の方が霊よりも危険なのか?

シークエンスはやともの動画のお勧めが YouTube で出ていて、残存思念(残留思念とも)の危険性を解説したものがあり、観てみたのだが:

僕の理論では、残存思念というのはエーテル体のものであり、幽霊というものはエーテル体に依存している、弱い存在であるということ。一方で、悪霊(やその反対の善霊)などの精霊界の神霊は、アストラル体に依存しており、幽霊とは比べものにならないほど強力で、そこが悪霊が幽霊に比べて恐れられている理由だというものである。

はやともの見解では、心霊スポットに行くなどして、直接、残存思念が心の中に入ってきた時の危険性を言っている。これは、視点を変えると、残存思念がヤバイのではなく、残存思念が「心の中に入ってきた状態」がヤバいわけである。この時、実質、霊に憑依された状態を意味している。だからヤバイのではないかと、僕は思う。

一方、はやともは残存思念に比べて、魂のある幽霊の方が、そういうことにはならないので、残存思念よりも危険性が低いと言っている。これは要するに、幽霊を幽霊と認識している状態においては、幽霊に憑かれておらず、その外側から眺めているから、そういう状態に見えているのではないかと思う。

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