デーモン化しつつある男

半神半獣の牧神(デーモンの一種)

Courtesy History of Science Collections, University of Oklahoma Libraries.

「サテュロス」「パン」「フォーン」などと呼ばれているが、いずれも半神半獣の姿をした牧神であり、同じものを指している。下半身が山羊で、上半身は人間だが、頭(額)には 2 本の角が生えている。

ちなみに、ディズニーアニメの『ピーターパン』もパンの一人であるが、パンとしての本来の姿を偽った、まるでエルフか何かのような人間的な姿で描かれており、『ピーターパン』のキャラクターイメージから、本来のパンの特性を逆に類推するのは適切ではないだろう(ピーターパンのキャラクターイメージは、あくまでもピーター個人の特長とすべきである)。

半「神」とはいっても、この場合の神は Demon(日本神道のアニミズムの神も基本はこれに類する)すなわち「鬼神」であり、一神教的な God(「天の父」的な絶対神)の系統ではない。

彼らは、その角笛で、牧羊などの家畜の群を煽り、パニック(まさしく「パン」を語源とする単語)に陥らせる。つまり、「群集心理を煽る」ことを性とする(cf. パーリ経典相応部の村長相応の『2. ターラプタ(舞踊者)経』)。


沖縄編で再び炎上するニンゲンTV

ニンゲンTVが、沖縄のユタの霊場(修行場)である恩納村のアフシマノ嶽(SSS)で撮影した動画が炎上し、再編集を余儀なくされ、公開延期の事態となった(→ ニンゲンTV「沖縄編一時休止のお知らせ」2024-05-03)。

ユーザーのコメントにも見られるように、「神島編」以来の〝やらかし〟との呼び声も高い。

「神島編」においても、今回の「沖縄編」においても、いずれも〝やらかし〟の中心にいた人物。それがデビルマンならぬアマノマン──天野D──ニンゲンTVのチーフディレクターである(ニンゲンTVには他に 2 人のディレクターの肩書を持つ人たちがいるが、小山Dなどはカメラマンとしての仕事が主であり、おそらく天野Dこそがチーフとして、主導的にディシジョンメイクしている存在であろう)。

やらかし 1:米軍基地の存在に苦しみ続ける沖縄で、よりによって米軍ジャケットを販売する古着マニアの天野D

この時は炎上していなかったが、「沖縄編」の開始にあたって、「ニンゲンTVアパレル」と銘打ち、グッズ販売の開始を宣言した(「【重大発表】ニンゲンTVアパレル開始します」、「【ニンゲンTVアパレル】心霊VINTAGEの一般販売、本日よりスタート」)。

この「U.S.ARMY」のロゴが燦然と輝くミリタリージャケットは、実際の米軍の古着の払い下げ品をベースに、ニンゲンTVのロゴをあしらったものだと言う。原田・阿部・天野の会話から、天野Dの着想であったことが明らかになる。

阿部・原田にしても
阿部「強い男たち、軍人(米兵)さんが着てた(古着な)ので。それを(再び)また、身にまとって、強さの記憶を身にまとって、着る。生きる。良いと思いますよ」
原田「間違いないですね〜」
阿部「間違いないです(首肯)」
などと、呑気に(天野の選別眼を)褒めそやしている。

(なお、阿部は若い頃、元々自衛官になりたかった(が、交通事故に遭って障害を負い、断念した)という過去があるので、米軍好きというよりは、ミリタリーファッション自体にこだわりを持っているようだ)

この動画自体は、グッズ販売に関するものであるし、特に炎上することはなかったが、このように、製作責任者(チーフディレクター)である天野Dはもとより、原田・阿部を含むニンゲンTVスタッフ全員が、沖縄の歴史的な県民感情というものに、全く無知・無理解であったかということを暗に示していたものであり、これが後のアフシマノ嶽(SSS)での動画の炎上へと、必然的につながっていくことになるのである。

このミリタリージャケットの動画の段階からして、既に、ニンゲンTVは、考えようによっては、霊的に、沖縄の守護神である土地神たちに敵対しかねない行為を行なってしまっていたことになる。

ちなみに、古着の霊的価値について、稲荷信仰の霊能者・砂澤たまゑについての本を著した内藤憲吾によると、力のある修験者が命懸けの滝行で使った白衣を信者がもらい受け、信者自身が死んだ時の死装束として使うために、大切に保管するという慣習があるのだという。なので、霊的な観点からすると、阿部のコメント(古着で米兵の力にあやかることができる)はむしろ当を得たものである。問題は、霊的に米軍リスペクトな意味を持つ古着販売企画が、よりによって沖縄での撮影に因んでされた点にある。沖縄を守護する神々に歓迎されることであると言えようか?

やらかし 2:ノロ墓の洞窟の御神体の鍾乳石に素手で触れる天野D

浜比嘉島にあるノロ墓の洞窟で、最奥部まで潜り込んでちゃんと撮影した天野Dは〝テレビマンとしては〟流石ではある。だが、彼はその神が宿るとされる御神体に素手で触れるという冒涜行為を犯してしまう。

天野Dの一人検証時の行為であったため、当然、ノロ末吉は撮影時に現場におらず、撮影後 1 ヶ月以上経って(2024−03−19 に)、YouTube に動画(【神の懐】ノロ末吉に案内して頂いた「ノロ墓」 。そこはまるで神の懐…神に触れる代償の予感…果たして!?)が公開されてから「初めて知った」と、後のニンゲンTVのライブ配信の時(2024−03−27)にコメントしている。「自分の事前説明が足りなかったせいだ(天野D個人に対して批難するつもりはない)」とは言うものの、彼のその冒涜行為については心中穏やかならぬ様子であった。

──だが、こういった地雷を(意図せずとも)踏むというのは、「悪霊あるあるじゃね?」とも言える。阿部・末吉が天野Dが取り憑かれているとは見ているわけではないことから、外部から悪霊に取り憑かれているわけではなく、彼自身が半神半獣の魔人デーモン化してきているような状態なのかもしれない。何となく、彼の額に 2 本の角が生えている姿が、似つかわしいように思えるのは、僕だけだろうか?

「人相の悪さ」を指摘するコメントもあり、何か同様のことを別の角度で感じとっている人がいるのかもしれない。

原田が霊障を起こした心霊スポットで悪運を強める天野D

とあるラブホテル跡の廃墟において、霊圧による霊障によって感情崩壊を起こした原田であった。神奈川県横須賀市の燈明堂(処刑場跡)以来の明確な霊障であり、今回は、燈明堂の時のような「感覚」という肉体の一部に対する憑依ではなく、「感情」という精神の一部を蝕まれ、原田は衝撃を受けた。

ノロ末吉と阿部の両名から処置を受け、回復する原田。その様子をカメラマンとして見守っていた天野Dだったが、一件落着した後、「僕は(お祓いしてもらわなくても)大丈夫ですか?」と、しおらしく尋ねる。阿部は最初「へっ?」と間の抜けた返答をするが、「大丈夫、大丈夫」「天野さん強いから大丈夫だ」と言いながらも、とりあえず彼を安心させるためにあやすようにして彼をお祓いをする。

この動画を自宅で一人、部屋を暗くして視聴していた僕は「原田と違って、(半獣化してきている)アンタの場合は、(負のエネルギーの渦巻く心霊スポットのお陰で)むしろ悪運が強まるだけやろが」と思わずツッコミを入れたのだった。この動画の回のあたりから、僕にとっては、「天野Dの悪運ダーク・フォースの強まりの行方を見届けること」がニンゲンTVの見所だと思うようになってきたのである。

やらかし 3:アフシマノ嶽(SSS)で修行中のユタをわざわざ追跡しようとする原田と天野D

そして炎上となったアフシマノ嶽(SSS)での全 3 回中、初回の動画については、皆さんご覧の通りである。ノロ末吉と阿部が口酸っぱく警告しているのに、撮影を強硬することになり、さらにもし結果的に修行中のユタに遭遇してしまったならば〝高速土下座〟するように言われていた。そうして、原田と天野Dが 2 人だけで御嶽に入って行くが、途中で瓶がガランと転がるような音がし「もしかして誰かユタがいるのかも」という状況になり、そこら辺にユタがいないかと探し始めたのであった。

「ちょっと待って。会わないようにしろ、という話だったんじゃないの? それでも意図せず結果的に遭遇してしまったら、土下座しろって話でしょ?」と思ったのは、当然、僕だけではなかったようだ。

先程の心霊スポットで、霊障が起きるほど(幸)運が消耗してゼロに近くなっていた原田、そしてダークパワーをたっぷり吸って悪運が強化されて調子に乗りまくる天野D。もはやサイコパスなコンビと化した 2 人。起こるべくして起った炎上劇。

そして、配信再開へ……

ゴールデンウィーク最終日(2024-05-06)の夜遅く、配信は再開され、アフシマノ嶽(SSS)での中編が公開された。冒頭のテロップによると、阿部吉宏を含めて原田龍二・スタッフ一同の総意として、炎上覚悟で、失敗を怖れず、番組の制作・配信を続けていく、という話のようである。

コメントでは、ノロ末吉や阿部吉宏に対する「負担」を心配するような形での、原田・スタッフに対する批難が多かったので、そこを受けて、阿部のコミットメントを強調するような回答となっている。だが、そこに関してではなく、「沖縄の霊地やユタに対する非礼ではないか」という批難コメントに対する回答にはなっていない。

プチ炎上した、女性準レギュラー 3 人加入の件だったが、特に iroha の鼻水垂らしながらの広島でのロケなどを通じて、ファンの支持を十分に挽回できたと思う。だが、今回の沖縄に対する霊的なリスペクトの軽視は、結構根深いものを孕んでいる。

心霊スポット巡りによって「悪運が強まる」ということは、どういうことなのか? ということを、ニンゲンTVを通じて、今後も見守って行く必要があるだろう。


我らが原田龍二の今後

同じように心霊スポットを巡り、邪気を浴び続けていたのに、天野Dと違って、原田龍二は、霊感が開花せず、デーモン化するような事態には陥っていない。

これはどういうことかというと、基本的に、原田の場合、ポジティブなエネルギーのキャラクターであり、心霊スポットによって、毎回、エネルギーが削られて、ゼロになるかならないかという勝負をしている形になる。元からダークサイドの人間が、心霊スポットの邪気を吸ってますます元気になる(悪運が強まる)場合とは、メカニズムが反対なのである。

原田が基本的に、ライトサイドの人間であるというのは、神社参りが好きだったりするのもあるが、特に大きいのは、福の神である座敷童子みやこの存在である。彼女の加護によって、基本的には、原田はライトサイドの状態を保つことができている。

それは、良くも悪くも、原田の霊能の開花にとっては盾とも障壁ともなっていた。霊能の開花には、霊的エネルギーゼロの状態からマイナスにダメージを負うことによる、そこからの超回復が勝負となるからだ(これまでの原田は、ゼロになるかならないかのギリギリの段階でリタイアして、阿部にケアされることを繰り返している。対して天野Dは、ゼロになってから悪運を強めてアグレッシヴに突撃するという文字通り「死線を潜り」続けている)。

ところが、みやこは、今年(2024 年)、原田家でのホームステイを終えて、成仏させると阿部が言っている。原田はみやこの加護を失う予定なのである。つまり、ここからが彼の霊能の開発の本番の開始であるとも言えるし、天野Dのデーモニックな動きに、彼もまたもっとダイレクトに巻き込まれ易くなることも意味する。むしろ、天野Dに奪われていた出役としての株を奪い返せるかもしれない。ダークサイドに堕ちた原田龍二として。

それは、ニンゲン原田龍二にとって、吉と出るのか、凶と出るのか……。

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